MRI・CT完備
日本頭痛学会専門医取得医師在籍クリニック

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豊田市の内科,外科,リハビリテーション科,脳神経外科 むつおクリニック

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遅ればせながら、おめでとうございます

遅ればせながら、新年あけましておめでとうございます。

もっと早くご挨拶しなければならなかったのですが、大変おそくなりました。

というのも・・
当院は4日から
今年の診療を開始しましたが、新年早々風邪引きの患者さんが、次から次へといらっしゃって、そのほとんどがインフルエンザの患者さんでした。

当院に来てくださって大変うれしいのですが、目が回るような忙しさで、仕事終わったら頭脳が疲れて、ブログを書く気にならなくて。

と、新年早々言い訳から始まったのです。



皆さんは年末年始、どうお過ごしでしたでしょうか。
 

私は、年末年始は、実家に少しだけ帰った以外には、特に遠方に行くこともなく、ひたすら自分の部屋の整理をしていました。
 

ふだん、整理をする習慣がなく、ごちゃごちゃになっていたので、見るに堪えない状態でしたので、いい機会でした。


まず本棚の整理。


病院や大学で脳神経外科医として勤務していたころは、博士論文や学会発表や資格試験などのデューティーがあって、文献や原稿などを集めて勉強し、その後も何かの時に使うのではと思い、とっておりました。

それらは、埃をかぶってしまい、取り出してみる気にもなれない状態になっていたのです。

そのころは、脳神経外科を極めようという気持ちがあったので、せっせと文献をあつめて勉強しようとしていました。
しかし、開業してからは、どんな患者さんがきても対応できるように、広く浅く知識を深めることに時間を費やし、脳神経外科を極めるという意欲がなくなってしまったのです。(大学の先生たちには申し訳ない・・)

 

それに、今はインターネットがあってペーパーレスの時代ですし、ネットで文献検索などすぐできちゃうし、もっと早く見切りつけて捨ててしまえばよかったんですよね。
 

整理していると、あのころは勉強頑張ってたなぁと感慨にひたってしまい、先にすすまないので、思い切って捨てていく勇気と、大量の埃まみれの中に突入する勇気を持って整理していきました。
 

整理に没頭していくと、頭が痛くなってきたので、今日はここまで、明日はこの本棚までと小さな目標をもって片付けていきましたら、数日で、随分きれいになりました。
 

そして文献整理がおわると、本のかたずけに入ります。


今までは、並べてあった本の前に、あとから手に入れた本を並べて、二段構えにしたりして、奥になってしまった本が見れない状況になっていました。

先ず、古くなった雑誌や情報誌はすてて、文献や雑誌がなくなって空っぽになったスペースに、本を移動させていくと、1列になり、ゆったり見やすくなりました。

そして、大事にカバーをかけていた本は、中身がぱっと目につかないので、取り去って裸にして、並べました。

ところどころ本が倒れて横になってたりして、ごっちゃごちゃになっていたのですが、ブックエンドを本の間に挟んで、本を立たせて、整理しました。

不思議なもので、だんだん整理されていくと、本を読む意欲がわいてきたのです。

 

買っただけで満足して、ろくに読まずにいた本がいかに多かったことか、整理したらこれから読むぞって気になってきました。


そして整理していくうちに、お宝がいっぱいでてきましたのもうれしかったのです。

本の間に懐かしい写真が挟んであったり、古くなったお札が見つかったり。

 


つぎに洋服ダンスの整理。
 

もう何年も着ずにいるくせに、思い出のつまった服を捨てられずにいたんですよね、
 

これは誰々にプレゼントされたとか、誰かとデートした時に買ったとか、泣けなしの小遣いで自分でやっと買った服とか。


でも今となっては、気に入らない色だったり、ダブダブだったり、黄ばんでたり。
 

どんどん感謝して捨てていきましたら、タンスの奥から、またしても思わぬお宝が見つかったのです。

なくなってたと思ってた鍵がみつかったり、カードがでてきたり・・

 

いらない服をすてていくと、いつも着たい服だけがすっと手にとれるようになり、ほんとにすっきりしました。



そして、いらなくなった本や服は大量にリサイクルショップへ持って行きました。
 

大変な労力のわりには、本は160円、服は350円にしかなりませんでした。
 

でも捨てるよりはマシでしたし、整理された部屋で生活できるすっきりした爽快感を味わえたのですから、お得でした。
 

いつも整理整頓をきちんとしている人は、いつもこの爽快感を味わっているんだなぁと、うらやましいと思いました。
 

でも整理整頓せずにごちゃごちゃの中で生活してて、数年に一回の超スッキリ感を味わえる人はもっと幸せと思ったのでした。
負け惜しみじゃありませんよ(^_^;)



というわけで、生活も気持ちも整理して、今年も気分を新たに診療に没頭しますので、皆様、本年もどうぞよろしく、お願い申しあげます。

 



 

2018-01-14 20:25:26

救護員

19日の日曜日は豊田でマラソン大会がありました。

毎年恒例の大会なのですが、はじめてこの大会に参加したのです。

といっても、走ったのではありません。

じゃぁ、見学? でもないのです。

医師会の救急担当理事である私は、このマラソン大会の救護委員長にまつり上げられ、裏方として参加したのです。


話はさかのぼりますが、実は前日の土曜日は当院の三周年記念兼忘年会でした。

今年の忘年会は、お料理重視の宴会にしたのですが、やはりつぎからつぎへと飲んでは返杯の嵐、いつものパターンで飲みすぎたのでした。

翌日はマラソン大会で早起きしなければならないので、深酒は絶対にしないと決めてたのに、結局いつものとおりでした。

二次会がおわり、終電にのって自宅に向かい(今回は乗り過ごしませんでした!)寝たのは夜中の1時でした。

こうなることを予測して、マラソン大会当日は5時半に目覚ましをセットしておいたのです。



かくして、5時半に目がさめたまではよかったのですが、ふらふらして頭痛と吐き気がひどく、頭痛薬と吐き気止めをのんで、水をぐゎーっと大量にのんで、無理やり二日酔い症状を改善させ、豊田スタジアムに向かったのです。

私にとっては、あわよくば大雨で中止になってほしかったのですが、朝から快晴でした!
晴れて欲しかった春の花見は、雨だったのに・・


マラソンのスタートは9時半だというのに、裏方の救護班の集合は7時。

まどろみの中、スタジアムの中に入って、「救護本部」の看板に従って進んでいくと、もうすでにたくさんのスタッフの方々が集まっておりました。

7時ぎりぎりに着いた私は、いつものように最後でした。


まず、委員長から朝礼の一言を、と向けられた私は、ふらふらのまま皆さんの前に立ち、半分ろつの回らないままにご挨拶しました。

チームワークを大切に、参加者の健康を守るために、頑張りましょうとだけ言ったと思います。(あまり覚えてない・・)


市役所の係りの人から説明があったあと、各救護班に分かれてミーティングがあり、そのあと各会場へ案内されました。

はじめてスタジアムのピッチに立ったのですが、そこから見る観客席は壮大でした。

観客席の上の方は、すり鉢のように急なせりあがりになっているんですね。

今は観客席にだれもいませんが、Jリーグの選手がここで日々試合をしていて、ウヮーっと盛り上がるんだなと想像すると、感慨深い気持ちになります。

芝生は天然で、ところどころ禿げたところがありますが、きれいに整備されていて、立ち入り禁止です。
なんでも一回整備するだけで、1000万円くらいの費用がかかるんだそうです。

そして、屋根は空いているのですが、雨の日は閉まるのですか、と市の職員の人に尋ねると、なんでもスタジアムができて、まもなく壊れて閉まらなくなったそうです。
修理にも何千万、一回の開け閉めにも、お金が相当かかるのだそうで、結局壊れて空いたままなんだそうです。

だからドーム様の競技場であっても、ドームではないんだそうです。こうした裏事情を聞くと、ちょっと情けないですね。

こうした、一般にはちょっと体験できないような、場所に入れて話を聞けて、よかったのです。歩いているうちに酔いも少しずつ覚めてきましたし。


記者会見室や、貴賓室、放送室なども見せてもらって、フィニッシュやスタート地点も案内されました。
途中、おでんなどの屋台もすでに準備がすすんでました。まるでお祭ですな。


救護本部にもどって待機していると、まだスタートまで1時間以上もあり、待機するようにとのこと。


酔いからさめて、あらためてスタッフの方々を見ますと、事務方や体育協会の方々、救急隊の人たち、民間救急の職員、AED持参の自転車部隊である中京大学の学生さん、そして医師と看護師さんなど、たくさんの人が本部に集まっています。

看護師さん4人と医師4人は、ペアになって行動するのですが、みなさん若くてきれいな看護師と若いハンサムな医師たちなんです。
(私も一応医師なんですが、総監督という立場なので、仲間はずれです)。

そうこうしているうちに、スタッフのみなさんは、本部に残る人、スタート地点に向かう人、各救護所や救護車両に乗って動く人、それぞれの班に分かれていきました。

私は何をすればとまごまごしているうちに、再び頭痛と吐き気とめまいが襲ってきました。
こちらが救護されたいよ、と思いました。


昨年は、天気が良すぎて暑かったそうで、脱水の人中心に20人以上の人が救急搬送を受けたそうです。

今年は涼しかったせいか、しかも雨もふらずにちょうどいいマラソン日和でしたので、救護所に運ばれたり自分から駆け込んだ人はたったの5人でした。

やや重症の脱水の人が一人、念のため救急搬送されましたが、意識もまあまあしっかりしていましたし、大事にはいたらなかったようです。


今回は天候に恵まれたということもありますが、重症の人も出ずにすんで、本当によかった、参加者の健康をお守りできたのです。

そして、午後12時過ぎには、各救護所のスタッフも本部に戻ってきて、みな口々に、暇っだったと話していました。

こんなに暇なら、こんなたくさんのスタッフいらなかったじゃん、という声もちらほらありましたが、結果は蓋をあけてみるまでわかりませんので、しかたないですよね。


結果オーライということで、めでたしめでたし、予定通り1時には解散したのでした。
私の二日酔いは全快とはならなかったけど・・・
 

2017-11-19 18:14:06

頭痛学会参加

頭痛専門医の認定証が送られてきました!

これでもう一つ称号が得ることができました。

これも、頭痛を勉強しようという意欲をかりたててくださった、患者さんたちのおかげと思っています。



そして、先週の土曜日に大阪で開催された頭痛学会総会に参加してきました。

といっても、参加申し込みの締め切りが11日土曜日の16時だったのですが、仕事を休むわけにいきませんので、13時に仕事が終わってからの参加でした。

クリニック最寄駅の浄水駅から会場までの行き方を、ヤフー路線で検索しました。
診療が終わって、急いで13時42分浄水駅発の名鉄電車に乗って、名古屋駅から新幹線に乗り換えて行きますと、ぎりぎり15時50分に学会場近くの谷町九丁目駅に着く予定です。

16時受付終了なので、駆けつけてもぎりぎりなのです。

プログラムの案内によれば、谷町九丁目から学会会場までは歩いて5分と書いてありましたので、マサにぎりぎり間に合うという予定なのです。

日本の電車は正確だから、大丈夫だろうと高をくくっておりました。


ところが、思わぬ落とし穴があったのです。

新幹線で新大阪駅について、地下鉄御堂筋線の看板を探し、なんば駅に着いたまでは順調でした。

ところが、なんば駅から地下鉄千日前線に乗り換えるところで、ほんのちょっと迷ってしまいました。

千日前線の看板を見つけて、ホームまで小走りにむかったのですが、ホームについたとたん、止まっていた電車のドアが閉まったのです。

あぁ”〜乗せてくれぇと、心の中で叫びながら、ドアに触れたのですが、「プアン!」と大きな汽笛が鳴って、無常にも電車は出発してしまったのです。

愛知環状線だったら、車掌さんと目があっただけで開けてくれるのに・・・

都会は冷たい(^_^;)

あとで、ヤフー路線を見直すと、なんば駅の乗り換え時間はたったの2分!

これでは、大阪初心者の私では、到底間に合わなかったわけでした。

かくして、次の千日前線の電車は8分後でしたので、会場には完全に間に合いませんでした。


こうなったら、会場のスタッフの人に泣きつくしかありません。せっかく遠くからきたのですから。

秋も深まり、寒くなってきた時期だというのに、走りまくって会場に向かったため、季節に合わない大汗かいて会場入りしました。

そして、黒いスーツ姿のいかにもスタッフ姿の女性を見つけて、受け付けはどこですか と訪ねますと、16時までですから、受付は終了しました と冷たい返事が帰ってきました。

「遠くから来たので、なんとかなりませんか」と、大汗をぬぐって、はあはあと息を切りながら、頼み込みますと、「会員のかたですか?」と聞かれたので、「ええ、会員で専門医です!」と自慢げにこたえました。

するとその女性は、「ではちょっと待ってください」といって、ゴミ箱から申込用紙を取り出したのでした。

そして、「どちらからいらっしゃったのですか?」と聞くので、遠くから来たと言った手前、でまかせに、「えぇ北海道からなんですよ」って、適当に答えました。

まあなんでもいいや、申し込めればと思っていると、数人のスタッフが集まってきて、またもお名前は?と聞くので、名前を答えると会員番号を調べてくださいました。

すると別の方が、僕の名前から会員番号と所属を調べてくれて、「愛知県の楠瀬先生ですね。」「(°д°)・・・」


赤面したのなんのって、この上ないです。

最初のスタッフのかたが、苦笑いしていたのを、横目に見ながら、参加申込書に名前と番号を綴ったのでした。


こうして、無事参加申込ができまして、やっと会場に踏み入れることができたのです。

学会も終わりに差し掛かっていたので、聞けたのは、これからの頭痛専門医のあり方、役割といった、シンポジウムでした。

頭痛専門医は、以前は神経内科医がほとんどだったのに、脳神経外科医が増えてきて、神経内科医とほぼ同数になったこと、その他小児科医や麻酔科医など専門が多岐にわたっていて、それぞれの立場から頭痛についての議論なされていること、
世間には、頭痛なんて我慢してりゃいいという風潮があるのに、実は人口の4割の人が慢性頭痛に悩まされていること
頭痛に悩む人が増えたことにより、生産性がおち、多大なGDP損失に繋がっていること
この問題を解決するために、頭痛専門医の役割は大きいので、これからも優秀な頭痛専門医を育てていきましょう といったことが発表されていました。

学会のあとは、大阪の下町で、串カツ食べて久しぶりのお酒にひたったのでした。
 

2017-11-15 22:55:12

3周年記念

おかげさまで、当院も開業以来3周年を迎えました!

これも一重に来院してくださった患者さん、スタッフの皆さん、支えてくださったお隣の薬局や業者の皆さんのお陰だと思います。

本当にありがとうございました。


3周年を迎えましたのは、先日の11月4日なのですが、実は私はてっきり忘れておりました。面目ない。

いつものように、11月4日出勤し、朝の朝礼を行いまして何か一言話すのですが、「えー、今日は特に何も伝えることはありません。(土曜日なので)1時まで頑張りましょう。」と話しただけで終わったのですが、その時スタッフが何となく、キョトンとしていたのでした。

まあ気にせず仕事の準備をしていたのですが、そこへ隣の薬局の人が花束を持ってきてくださいまして、はじめて「あ、そうか!」と気づきました。

本当に情けない話ですが、私の場合、こういうことはよくあるんですよね、ズボラなところがあるのでご容赦ください

その後、カルテのシステム会社の人も花束を持ってきて下さり、6日の月曜の朝礼であらためてスタッフに感謝の気持ちを述べましたので、一件落着となりました。


思えば、3年前は何がなんだかわからず、アタフタしていて、これでやっていけるのかと不安ばかりで毎日がすぎておりました。

私は豊田市に生まれ育ったわけでもなく、近隣の病院で働いた経験もなく、全く縁もなかったため、ゼロから患者さんに信用を得るよう、努力してまいりまして、少しずつ患者さんに愛されてきて、たくさんの患者さんが来院してくださいました。

この間、MRIを入れまして、診療機器も充実し、スタッフも少しずつ増えました。

自分個人としては、医師会の理事に就任させていただき、医師会の仕事を勉強させていただき、また豊田市みよし市の近隣の先生がたともたくさんの知り合いができまして、連携をさせていただきました。
プライベートでも、たくさんの飲み仲間ができました。

救急担当の理事ですから、救急隊や市役所の知り合いもできました。

そして全く個人的なことですが、「頭痛専門医」にもなることができました。


総合的にみますと、大きな波風なく、まさに順風満帆でここまできた、と言っていいかもしれません。

これからは、どんな試練が待ちうけているかもしれませんが、今までやってきたという自信や経験、築いてきた人脈で、周囲の皆様のご協力を仰ぐこともあろうかと思いますが、のりきってまいりたいと存じます。

さて、当院も4年目に入りましたが、今後も地域の皆様の健康を守るため、日々精進してまいりますので、今後共どうぞよろしくお願い申し上げます。

(ベイスターズは負けちゃったけど・・)
 

2017-11-09 00:20:21

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電波時計

当院の待合室の壁に、大きな、木の時計があるのを、お気づきのかたも多いと思います。

あの時計は、恥ずかしながら私の手作りなんですよね。

手作りといっても、時計の機械と針、味わいある木の板、木の文字盤を、全部東急ハンズで揃えて、塗料を塗って組み立てただけなのです。

苦労っていえば、木の板の中心に穴を開けたことくらい。

大したことはなかったのですが、世界にただ一つのオリジナル時計であることには変わりありません。

時計を動かす機械は、当初アナログでした。

クリニックを開業したときから、この時計を待合室に掛けておいたのですが、新しい電池をいれても、どうも時間が少しずつ遅れてきてしまうようで、1ヶ月で数分ずれてしまうのです。


そこで、東急ハンズで目にしたのが、電波時計の機械。

最近新しく発売されたようで、さっそく古い機械をとりはずして、新しい電波時計に付け替えて、再びかけ直しました。

ところがところが、これがまた、しばらく正確な時を刻んでいたかと思うと、急に時計の針が回りだし、とんでもない時間で止まってしまうのです。

これでは、時計の役割をなしてません、ただのお飾りどころか、皆さんに迷惑ですよね。

しかたなく、またはずして、しばらく私の部屋に置いておいたのですが、そうしたらずっと正確な時間を刻んでいるんですよね。

二週間ばかり、正確に動いてましたので、自信をもって、先日また待合室に戻したのです。
ところが、初日だけよかったのに、またまたぐるぐるぐるって勝手に針が回りだして・・・結局、もとのように使い物にならない時計に戻ったのです。

再び再び壁から外して、時計のメーカーに直接尋ねてみました。

なんでも、窓の近くなら電波は拾うはずだ、というのです。

待合室には窓はたくさんあるので問題ないはずなのに・・・


あっ、ひょっとして、MRIの磁気が悪さしているのでは?と尋ねると、それは十分考えられるので、あきらめて、元のアナログに戻してください、とのことでした。

ということで、結局のところ、まわりまわって、アナログ時計に戻し、試運転してから、待合室の壁に戻ることになりそうです。


それまで、今日も、時計のない殺風景な壁を、眺めていたのでした。

2017-10-29 23:00:29

ベイスターズは強し

広島カープのファンの方には申し訳ありません、最初に断っておきます。


横浜ベイスターズやりましたっ!

クライマックスシリーズを勝ち抜き、ついに日本シリーズ進出です!

私はまだ幼少のころ、漫画の世界の左門豊作を知ってからの、大洋ホエールズファンだったのです。

今は横浜ベイスターズと名前が変わってからもずっと応援してきました。


基とかシピンとか、遠藤とか数々の名(迷)選手をうみながらも、ぬるま湯球団と揶揄され、ずっと目立たなかったのですが、1998年に佐々木投手を要して優勝しました。それからもう19年も経つのですね。

この年、私は縁もゆかりもなかった愛知県の病院に赴任してきたので、よく覚えています。

愛知県から、横浜まで応援に行き、その年だけ特設された「横浜大魔神社」までお参りに行ったのを、今でも覚えています。

それからまた長い長い低迷が続き、またも目立たない球団になっておりましたが、今年ついに花が咲いたのです。

ラミちゃん、神がかってましたね。

19年ぶりなので、応援に行きたいけど、野球観戦のために仕事を休むわけにはいきませんので、こちらから応援しています。
私の一押しの関根選手は、今は残念ながらベンチを温めるだけの存在になっているけど、出番あるでしょうか、淡い期待を持っています。

それにしても今の地位はなんなのでしょう?
セ・リーグチャンピオンではないし、このまま日本シリーズに勝ったとしても日本一とは言い難いし・・


まあ、一つでも多く試合見られるだけ、それだけでいいですね。

本日はすみません、クリニックとも仕事とも、全く関係ない記事を書いてしまいまして・・
 

2017-10-25 21:24:15

愛環は強し

昨夜はひどい暴風雨でしたね。

皆様、お怪我はなかったでしょうか。


今朝、春日井市は晴れていましたが、昨夜の台風で電車はどうなっているのか心配になり、朝一番に路線情報を見ました。

まず目に飛び込んできたのは、「JR中央線運転見合わせ」 の知らせ。JRは東海道線も見合わせって書いてありました。

これは、さすがの愛知環状線もダメかなと思い、車でクリニックに向かわなきゃと覚悟しておりました。

ところが、愛知環状線を検索すると・・

まず、ツイッターの記事に目がいってしまい、どなたかが、「愛環強すぎ!」ってツイートしてました。

これってひょっとして、愛知環状線は動いているのではと期待を抱きながら、それでも自動車通勤になってもいいように、いつもより早めに高蔵寺駅に向かったのでした。

駅までの途中の道もがらすき、高蔵寺駅につくと駅の構内もガラガラでした。

改札口の上にある掲示板には、JRは「運転見合わせ」でした。路線情報どおりだったのです。

しかし、となりの電光掲示板には、しっかり愛知環状線の出発時刻が掲示されていました。

しかも、1分の遅れもなく、なんと定刻通りなんです。

やはり愛環は強かった!

しかも私にとって幸運なことに、ホーム並んでいる人も少なく、電車には悠々座れたのでした。

いつもは、高校生など学生さんが多いのですが、一人もなし、きっと学校が休校になったのでしょうね。
サラリーマンの方々も会社が臨時休業だったのでしょうか、とても少なかったのです。

以前にも述べたとおり、愛知環状線は高架線ですので、雨には強かったんですね。

当院は休業せず、診察もできまして、めでたしめでたしでした。



本日から当院でも、インフルエンザ予防注射が始まりました。

今年はワクチンが少ないという、 うわさ(?)ですからね、皆様お早めに、注射をうけに来てくださいませ。

 

2017-10-23 23:02:05

狂言見学

先週の水曜日の防災訓練では、あつかったのに、急に冷え込んできましたね。
皆さま 体調崩しませんように。


先週土曜日は、医師会の行事で、毎年行われてる「観月会」でした。

昨年までの観月会は、大道芸や落語、ものまねなど、一般受けする舞台でしたが、今回はなんと狂言の鑑賞会でした。なんと高尚な会なんでしょう。

狂言ていうと、大昔の言葉で何言ってるかわからなくて、とっつきにくそうですよね。


こちらも遠の昔の話ですが、高校生のとき学校の行事で、狂言を見学に行ったことがあります。でも、全然記憶がないんです。

きっと、何がなんだかわからなくて、ずっと寝てたんだと思います(^_^;)


伝統芸能にふれることができるなんて、あまり機会のないことですので、今回は寝ないで最後まで観ると誓いました。

それでも、何が何だかわからずに、鑑賞した気になって終わるんじゃないかと、半ば覚悟してました。


はじめに、今回の座長みたいな人が羽織袴姿で登場し、狂言とはなにか、から始まって、わかりやすく解説してくださいました。

私、恥ずかしながら初めて知ったのですが、狂言とは室町時代に作られた喜劇だったんですね。

そんな、何百年も代々伝えられてきた芸能を、目の当たりにすることができるなんて、本当に素晴らしいことです。
これは寝ている場合ではありません。


さらに、その座長は、今回の演目の話のあらすじや、見どころを全部解説してくれました。

なんだ、見る前からあらすじが分かってしまったら、面白くないじゃん と思ったのですが・・


そのかたが舞台の袖から消えますと、さっそく狂言の舞台がはじまります。

1題目は、「雷」という演題で、中学生と高校生の狂言師が演じる薬師(医者)のはなし。

最初は、子供が演じるんじゃ、どうせ学校の文化祭の劇みたいなもんだろうと思っていましたが、二人とも若いのに素晴らしい芸達者で、話す言葉は昔の言葉でわかりにくかったのですが、最初に解説であらすじを聞いていたので、よくわかりました。

見どころは、雲から落ちて腰を痛めた雷様の腰に、薬師が針を打って治療するシーンです。
大げさで、とても面白く、笑いをさそっていました。


次の2題目は、まさにベテランの域に達した役者さんによる「木六駄」でした。

奉公人が、主人の命令で、大雪の中を何頭もの牛を引っ張って、都会に住んでいる主人の親戚のところにお遣いに行くはなし。

途中寒さに耐えかねて、お土産のお酒をついつい飲み干してしまいます。

舞台には、牛は登場しませんが、あたかも牛をたくさん連れて行くように演じるところや、道中の茶屋でお酒を飲んでしまい酔っ払っていくシーンは、まさに伝統芸能だと感じました。

この話も言葉は難解でしたが、あらすじを聞いていたから、よくわかりました。


映画やドラマは、あらすじを聞いてしまったらつまらいものかもしれませんが、今回の狂言に限っては、あらすじを聞いておいてよかったです。
聞いてなかったら、何がなんだかわからずじまいで、高校時代のように、いつの間にかねていたんじゃないかと思います。

ほんと、最後まで伝統芸能を楽しめてよかったです。


そのあとは、当院スタッフも参加しての、お決まりの懇親会。

そこで、飲み仲間のY先生や、外科医会会長のビン先生、元ラグビー選手の某病院外科部長H先生、などなど、大勢の親しい先生方とお会いし、またしても美味しいお酒を呑ませていただきました。

例によって酔っ払いとなり、家路に着いたのです。

特筆すべきは、なんと無事にスムーズに、電車を乗り過ごすことなく、帰宅したのでした。当たり前のことですけど。

楽しい観月会を企画してくださった、担当理事の I 先生に感謝いたします。

 

2017-10-16 07:18:22

集団救急事故対策訓練

11日水曜日は、年一回の消防隊の集団救急事故対策訓練でした。トヨタスタジアムの入口の広場で行われました。

季節は、もう秋だというのに、この日は30度の真夏日だったんです。

しかも、、アスファルトによる日差しの照り返しが強く、そかも風一つ無い快晴だったんです。

暑がりの私にとってはまさに生憎の、最悪のコンディションでした。


この訓練は、イベント会場の階段に多くの人が押し寄せてきて、将棋倒しの状態になり、多数の傷病者が出た、という想定のもとにおこなわれました。
私の役は、その訓練の様子をつぶさに見学して、終了後に参加者全員の前で講評の話しをしなければいけないのです、

皆さんの前で話をするわけですから、少しはきちっとした格好をと思い、ワイシャツにネクタイ、といっても暑いので半袖でかけつけました。

せっかく涼しいと思って半袖できたのに、会場では分厚いカッパのような防護服を着ることになり、涼しい格好が台無しでした。


午後2時15分に見学用のテントに待機させていただいたのですが、テントはすでに日よけにはなってなく、暑くて暑くて仕方ありません。
しかも無風ですから、暑いのなんのったら、この上ありません。

2時30分、ようやく訓練が始まり、さっそく暑いテントを抜け出し、傷病者(看護学生さんたちが怪我人役)が倒れているスタジアムの建物の中に、訓練の様子を見学する名目でそーっと入り込みました。

中は日差しがないので助かったと思ったのですが、建物の中は必死に傷病者をトリアージして、助け出そうとしている消防隊の方々の暑い暑い熱気で、涼しいどころか、もっと暑かったのです。

救助活動している消防隊も、怪我で苦しそうな振りをしている看護学生の人たちも、真剣そのものです。

私は汗をふきふきしていましたが、うちわで扇いでいる場合じゃないので、脱水症状と戦いながら、真剣に見学しました(^_^;)


10分ほど経って、けが人がすべて運び出されますと、もう見学するものがないから、建物の中にいるわけにもいかないので、またカンカン照りの外に出ざるをえないわけで、そっちはそっちでまた暑い!

臨時救護所では、重症組の赤のトリアージを貼られた傷病者たちが、赤の敷布に運ばれ、救急隊と、病院の救急部の医師や看護師さんたちに必死に手当をうけていて、カンカン照りの上にさらに熱気ムンムンです。


私はというと、ただ見学しているだけで、身体ひとつ動かしてないのに、なぜか汗がばあーっと吹き出してきます。

さらに20分くらいがたちますと、重症の赤の傷病者から一人一人受け入れ病院を決められて、救急車で搬送されていきます。

最後に黄色のトリアージをされた患者(中等症の患者)が、次々に運び出されますと、一応これで訓練が終了です。


やれやれ、というころで、今度は私にとっての本番です。

司会者に名前を呼ばれ、台の上でに立つと、きちっと整列した消防隊・救急隊・警察の人たちが、一斉に敬礼、他の参加者がおじぎ、台上に立つ私は、いやが上にも緊張してしまいます。

講評の内容は
①みなさんおつかれさまのあいさつ
②将棋倒しの事故は、20数年前の明石市の花火大会の事故が有名でるが、その他にも世界中で同様の事故が多数おこっていること
③今回の訓練は、救急隊・消防隊・警察・医師・看護師・傷病者が協力して、私語ひとつなく真剣に訓練にあたっていて、大変よくできましたこと。
④まだまだ改善点反省点があるでしょうが、さらに検討を進めて、一人でも多くの怪我人の命が救われますよう、またこれからも訓練を重ねてほしい

緊張してしてしまい、たどたどしく話してしまいましたが、適当に無難にきりあげて、台をおりました。

だれも、私の講評内容を講評してくれなかったので、ちょっと気まずかったなぁ


全てが終了したら、もう3時半。

暑かったし、今夜は仲間とまたしても飲み会なので、いの一番に失礼することにしまして、暑かった防護服をぬいで、小走りにその場を辞したのです。


ところが、車をとめた駐車場に向かおうとしたところ、行けども行けども、自分の車が止まっていたはずの駐車場に辿りつけません。
いやそんなはずはないと、さらに歩き続けますと、なんだかトヨタスタジアムを半周以上まわった気がしました。

そこへ、訓練に参加してお見かけした消防関係の人が、自転車に乗って反対方向からやってきたので、「あのお、駐車場はどこでしょうか?」と聞きました。

すると、「駐車場は 広場から一段下になっていて、スタジアム周囲を歩いていると、見えないようになっているんですよ」、とのこと。

ここまで歩いたのならこのまま反対側までスタジアムをぐるっと回ったほうがいい、そこに消防隊が後片付けしているからそこからスタジアムを離れた側の階段を下りたらすぐです、とのことでした、

えぇーーー・・・
ここまで歩いたのにまた会場にもどれって!! この広いスタジアムを一周するの??

しかしここまできたらそうするしかありません。もうしばらくスタジアムに沿って歩くと、言われたとおり、消防隊が後片付けをしてて、もうすでに大半の参加者や救急車も、帰ってしまっていました。


一番にこの場を出て帰るはずだったのに、一番に出て車の冷房にあたって生き返るはずだったのに・・

その方の言ったとおり、避難訓練会場からスタジアムを離れる方向に少し歩くと階段があって、それをおりたらすぐ駐車場でした。

なんと20分以上も暑い中を歩いたのに、駐車場は会場から2-3分くらいのところにあったのです。
なんと間抜けなことでしょう。

思えば、トヨタスタジアムに来たことがなくて、勝手がわからなかったうえに、訓練開始前は、駐車場に係りの人がいて会場まで話をしながら連れてきてもらったので、どうやってきたか記憶が定かでなかったのです。


車にはいるとさっそくネクタイを取り去り、冷房をガンガンにいれ、びしょびしょにぬれたシャツを脱ぎ、上半身裸になって、車を運転して会場を後にしたのでした。
浄水駅までの約30分、冷房の風にワイシャツを当てて干し、ようやく車を浄水駅の駐車場にとめて 半乾きのワイシャツをまた身にまとい、電車に乗りこんだのでした。

あぁしんど



明日からは、クライマックスシリーズ。
二年連続出場のベイスターズ、がんばって私を元気づけてくださいね〜頼むよツツゴウ!

 

2017-10-14 00:27:14

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老犬背負ってハイキング

問題集もおわり、身が軽くなった私は、思わぬ重荷を背負うことになりました。

先週の日曜日に、とっても天気がよかったので、犬をつれてハイキングに行ってまいりました。

といっても近所で、たいして高い山でもないのですけど。


以前から行ってみたかった、岐阜県の岩村城。

なんでも、源頼朝の時代に作られた山城で、残念ながら今は城跡しか残っていません。

お城のマニアの間では、東洋のマチュピチュとか、日本三大山城のひとつって、言われているそうです。

霧がかかると幻想的な風景になり、雲の上にお城の頂上が浮かんだ感じになるんだそうです。

でも、その日は生憎の(?)快晴が続いた日であったせいか、霧なんかひとっつも出てませんでしたので、幻想的とは言えませんでした。


車で上の方まで行けちゃうらしいので、それではつまらないから、岩村の町から近い、お城の正門にある歴史資料館から登っていくことにしました。

お城の頂上までは約30分くらいとのことでしたので、うちの老犬もついてこれるだろうと高をくくっておりました。

歴史資料館の無料駐車場に車をとめて、よし、登るぞ!と犬にいいきかせると、何となく覇気のない顔。

リュック背負って登山靴で準備万端な私をみて、これはムリ、と直感したのでしょうね。

10メートルほどしか歩いてない、しかも登山道にはいる前の駐車場の中で、もうすでに座り込んだのでした。



老犬はもうすでに14歳、1昨年は一緒に小牧城に行って、最後まで登りきったのに・・

もう年には勝てないのか、ただの甘えなのか。

うーん、これは参った、車に置いておくわけにもいかないし・・

万が一のことを考えて、もうずっと使ってなくて物置に眠っていた、赤ん坊を乗せる、背負子を持ってきていたので、そこに乗せて山登りすることにしました。

げんきんなもので、背負子に座らせたら、嫌がるどころか、シアワセって顔しておとなしく背負子に収まっていました。

歩かなくていいから安心したんでしょうね。

老犬といっても体重8.2kg、 背負子をあわせて9kgはあったでしょう、私にとっては文字通り重荷でした。


こいつを背負って、さあお城の頂上目指して出発です。



登山道は、比較的なだらかな石段で整備されていて、ちょっとしたハイキングにはちょうどいい道のりです。

下の方からすでに、石垣が周りを張り巡らせていまして、その石垣には、苔がびっしり貼りついていて、歴史を感じさせます。

800年以上も昔に、この登山道を源頼朝の時代の人たちがのぼったのかなぁと思うと、ノスタルジックな気分にもなりました。

登山道を保存している地元の人たちの苦労にも感謝します。駐車場も入場料もタダですし・・


重荷を背負っていますから、予想通り汗が噴き出してきて、必需品であるタオルで汗をふきふき、途中ペットボトルの水をふくみながら登っていきます。この間、老犬は一言もなく、ぴくりともせず、おとなしく背負われていました。
まさか死んでるんじゃ・・と思って、途中休みがてら背負子をおろしてみましたが、あいかわらず犬は幸せそうな目をしてこちらを見ていました。

20分ほど登ると、石段に腰掛けて休んでいるお年寄りの団体に会いました。

みなさん一斉に、「あ、ワンチャンだ、連れてきてもらったの〜、よかったね〜」って声をかけてくれます。重荷を背負って汗ビッショリの私には声かけてくれないんですが(^_^;)

そこから、さらに20分くらいで頂上の広場に到着です。

天守閣があったところで、建物は何も残っていませんが、古い井戸や石碑があります。

広場の石段に背負子をおろし、老犬を下ろすと、安堵したような顔をして歩き回りました。
人の苦労も知らずに。


眼下に岩村の町や、遠くに山々が見渡され、景色の良いこと、この上なかったのです。特にきれいだったのは、おわんを伏せたような形の山、これが恵那山だそうです。

素晴らしい景色と、老犬の歩き回る姿をみれば、重荷を背負っての辛い山登りの疲れも、癒されたのでした。


 

2017-10-02 06:17:25

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